限りなく“さようなら”サイドキック(車名:Suzuki Sidekick)
日時 14:30(山岳標準時[カルガリー時間]:MST)
場所 ノーザンウエストテリトリー(まだ州と言える程、人がいない) HWY
5 デンプスターハイウェイ(Northern West Territory
Dempster HWY)
終着の街イヌビック手前 60km (60km before inuvik)、テトリッチ沢付近(Tetlich's
creek)
速度 80km/h未満(その道路は最高速度90km/hに指定されている)
気象 晴れ
道路状況 直線ジャリ道、乾燥しているので砂埃が舞う(gravel)
緩いアップダウンを繰り返しながら北上を続ける。小さな橋を渡りジャリ道は続く。突然車が右に流れた。戻そうとすると今度は左に膨らむ、カウンターで一度軌道修正に成功したものの後部のスライドは止まらない。2度目のカウンターを努力するが廻り出してしまった。後輪が前輪よりも前に出始める。これまでか。。
その道の部分は2〜3mの土盛がしてあり、そこをスピンしながら落ちていく。ジェットコースターでも同じだが後ろ向きに落ちていくのは怖い。そして宙回転よろしく天井が下になる。シートベルトに自分の体重がかかっているのを左肩に感じる。荷物が目の前を行き来する。視野はさらに90度傾き助手席側が底になって止まった。オートバイ乗りの癖ですぐにエンジンを止めた。結果的にこの癖がこの後の旅を左右した。
「やってしまった。」始めに頭に浮かんだ言葉だった、しかもこんな辺境の地で!!車体を見たくない、そう思ったがこのまま90度傾いて座っているわけにもいかないのでシートベルトを外す。急に重力の世界に戻る。貴重品の入ったウエストバックを腰に巻き、助手席のドアに立ち運転席側のドアを上に開けて脱出。少し離れて観察していたがドラマのように爆発はしないようだ。
鍵が抜けない、3分ほど経って解決したがATシフトはDレンジのまま、当たり前だ。
突然の蛇行、一体何が起こったのか。リアの一枚ガラスはすべて吹き飛んで、あれだけ苦労と時間をかけたウインドーフィルムはガラスと一緒にタイヤの軌跡の上に散らばっている。見たくなくても視界に入る車の姿、特に右後ろの変形がひどい。リアドアは内側に入りこみ、屋根は文字通り「への字」を描いている。割れたリアガラスの部分から食料などを取り出すがビニルの中にガラスの破片が入ってしまっている。水、アルコールなどは割れずに済んでいるので一安心。この後に及んで車内が汚れることを気にしているとは。。
道の上にいくつか運んだ後、時計を見る。まだしばらく明るい、誰かこの道を通るだろうか。朝からフェリーに2度乗船したが僕だけだった。すれ違った対向車は、、、記憶に無い。
ところがっ!5分としないうちに車の音が聞こえてきた。イヌビックの方角からだ。手を振るまでも無く止まってくれた。こんな道を歩いている人がいるはずもない。タクシーだった。ドライバーの兄さんはアラブ系、お客のお兄さんはアジア系、アラブ系兄さんが右後輪のパンクを発見した。事の次第を話したあと「で、何をしたい?」と聞かれる。「とりあえず正常位(?!)に・・」とお願いして3人で車を回す。少しずつゆれ幅は大きくなり4,5回目でゴロン、と90度回転し4つのタイヤが地面についた。さらにタクシーなので無線を積んでいる。自社の交換から牽引の出来る会社に繋ぎ牽引を呼んでくれた。
電話の向こうで30分で行く、と言っていたがそんなに早くは来ないだろう、と片づけを始める。CDはことごとくケースが割れているが中身は割れずに済んだ。コンピューターは助手席の足元に置いていたのが後部座席まで空中移動していたがキャリングケースに入っているのでその対衝撃性に期待する。本や地図、書類ファイルなどがかなり方々に散らばってしまった。これを機に整理するか?!
荷物の居場所が元に戻り、一段落ついたころ牽引車が到着、道に引き上げた後、後輪を吊り上げ牽引開始。ドライバーの名前はフランク、何も特別なことではなく日課の作業のようにこなしている。彼の会社はタイヤ屋なので出来ることはイヌビックまで運ぶまで。修理工場に立寄ってくれたが5時を回っていたので誰もいなかった。
カルガリーの保険代理店に電話するが、明日状況を説明できるFaxを送ってくれ、で切られてしまった。フランクの計らいでキャンプ場まで車ごと移動させて、明日の朝改めて修理工場に運んでくれることになる。
起こってしまったことはしょうがない、と夕飯を作りながら、明日送信するFAXの草案を考えていると一人のおじいさんが近づいてきた。スティーブはアメリカから来てここにキャンプしているがイヌビックにしばらく滞在しているらしい。僕の保険証書を見てもらい助言を求めると、僕の車にはほぼ最高の保険が架けられているので交渉で上手く丸められようにしなさいと言ってくれた。アメリカの保険ではレンタカーや宿泊費などは補償され、事故を経験したスティーブの娘さんはむしろ良い生活をしていたと言う。そしてイヌビックで保険に精通している女性を紹介してくれた。ノルカンレンタカーのジャネット、明日から相談にのってもらおうとスティーブのくれた小さな紙切れを財布にしまった。
キャンプ場のオーナーであるバーンも声をかけてくれ、僕が事故処理の手順を知らないことを察して警察に連絡してくれていた。突然僕の隣にパトカーが来たのには驚いたがバーンから連絡をもらったと言われて自分の手落ちに気がついた。保険屋と警察への連絡、この二つは日本と同じなのだ。若い女性警官ニニィからいくつかの簡単な質問を受けたあと、この損傷が直せるものなのか尋ねてみたが保険や次第ね、という回答だった。
かなりウイスキーを飲んでいる。でも頭は冴えさえだ。期待をすると後悔が大きくなるので最悪の場合の自分の選択を考えていた。足をもがれた今、旅を続けるのか?
以後の経過はぐるっとカナダ5に。