10月30日
ふと目が覚めると車の屋根を強くたたく雨の音が耳に入る。「ありゃりゃ」二度寝してみる。次に時計を見たのは7時だった。寝袋から這いだして外を覗くがまだ雨は降っている。ここはアーサーズパス国立公園、タラマカウトラック(
Taramakau
Track )入り口の駐車場。昨日の夕方に到着、少し歩を進めようかと思ったが雨模様、峠(アーサーズパス)を越えてウエストコースト側に来るとますます強い降りになったので車でビバークをしていた。しかしまだやんでいない。朝食を摂りながら違う場所に移動することも考えたが、空は明るくなり青いパーマークが見えてきた。隣に白いワゴンが止まる。アメリカから来たデニー、こちらの大学でファイナンスを専攻している学生さん、テストが終わったので歩きに来たという。
9:10 車を離れる。今回の目当ては温泉、テントをすぐ近くに建てられるという天然野天風呂。興味そそる情報じゃないですか。このトラックの最初の難関は歩いて5分、オティラ川(
Otira
river )の渡河にある。深く流れも速い。ウエストバックをリュックの上に着け変えて入っていく。下まで良く見えるのにそれが深い。腿まで入るとかなり流れに押される。さらに腰まで、真剣になる。言葉を変えれば“怖い”、単独行の怖さはこういうところにあるよなぁ、と独り言。対岸のシェルターを越えると4輪の轍に沿ってトラックが続いている。
10:12 カウラパタカ湖( Lake Kaurapataka )に向かう分岐を通過、湖を目指す。通常は直進してタラマカウ川(
Taramakau river )に沿って上がっていく。分岐の標識を撮っていると先に出発したはずのデニーが現れた。轍コースでなく河原を歩いていたのかもしれない。また明日にでも会いましょう、とそれぞれ違うトラックを歩き出した。ここから森に入っていくが西海岸に特徴的な深い森になる。前回歩いたキャス・ラグーントラックと距離的には離れていないのにシダ類が足元を覆い、ゴブリンモスが枝からぶら下がっている。雨が多いことを実感できる、峠ってすごいのだ。
11:30 トラックから外れて湖畔に出て一休み。何があるわけではないが静かな湖面がひらけ、キャンプをした跡がいくつか残っている。クッキーで燃料補給をする。
11:50 出発、トラックは荒れてきて根に足をとられそうになる。雨で濡れた森は摩擦係数がおちているので簡単にニュルっといってしまう。30分でオテハケ(
Otehake
)への分岐点につく。話では吊橋がこの先にあり、そこから川を遡上すると温泉にたどり着ける。とあったがコースがあるんだぁ、とオテハケ方面に歩を進める。これがいけなかった。急斜面に無理して作ったと思える絶叫コース、倒木に塞がれるし、地すべりは起きている。ここでニュルっといったら北穂高の再来かと思えてしまう。まぁここなら木に引っ掛かりそうだが次の人がここを通るのはいつのことか。最後は荒れた沢を下りていく。岩は不安定だし木も放り投げられたかのようだ。とっとと河原に下りよう。
13:30 やっと河原に出た。あー怖かった。森の傘が無くなると雨をまともにうける。水線通しの方が身のためか。今歩いた山道が地図に記されているものなのか、新たな道なのか自信が持てずとりあえず上流を目指す。この川の流れも速くかなり真剣になる。時折硫黄の匂いが風に乗ってくるのだがゴールが見つからない。川の流れがゆるくなっているところに手を漬けたり、流れこむ沢に触ってみるが水、の温度。キャンプ適地らしいところは見つけたが肝心の温泉が見つけられない。水量が増えて水没してしまったのだろうか。河原に出てから50分上流にあがったので今度は下流を調べてみることにする。絶叫コースには入らず川伝いに下りていく。ところが両岸とも切れおちている淵に阻まれてしまった。見るからに深い。しばし作戦会議、答えは「へつっていこう」と出た。ザックの中の防水をもう一度確認して突入。へつり、とは岩伝いに水の中を進んでいくことだがフルパッキングのザックは浮くと頭を押し下げる、ウギッ。流れは岩から僕を引きはがそうとする、グブッ。カーブを曲がってもまだ続いていた。やばいかもしれない。岩のクラックに指を入れて一休み。当然体は水の中だ、冷たい。テイクチャージ(Take charge ;救命救急で教わった「落ち着け」の自問用語)と声に出してもう一本、その向こうに小さな河原が見えた。手はかじかみ全身から熱が奪われていくのがわかる。その後の河原は水から抜け出した勢いで歩いていた気がする。すると吊橋が目の上にあった。トラックを示す三角マークが見える。そして誰かが暖をとったであろう焚き火の後、ころあいのいい平地。もう少し先まで、とそこを抜けようとすると全身が震えだした。サインなのか?体には逆らえずここでうち止めにした。15:30だった。
全てを着替えホッとしたところにデニーが空荷でキーウィハット(
Kiwi Hut )から遊びに来た。「どうだった?」の問いに「見つけられなかった」と報告。隣にいた女の子は情報通らしく再度場所の風景描写をしてくれる。んーーー、あの辺のはずなんだけど。さらに僕が歩いた絶叫コースは「行ってはいけない、最低コース」だと教えてくれた「
That'
sucks!!! 」と叫んでくれた。そうだ、Sucksだっ。
薪をつけようかと集めたがまた雨が強くなったのでテントの中でこじんまりと夜を過ごすことにした。テントの屋根から雨漏りが激しい、使いすぎだろうか。
10月31日
テントを張るときには川岸とはいえ一段あがって木の生えているところを選んだ。なので安心していいはずなのだが普通が通じないニュージーランド。1時、5時、と外に出て水面を確かめてしまう。確かに上がってきていて目印にした木の杭は水の中に入っていく。40〜50cmは水面が上昇したのではないだろうか。対岸に見えていた浅瀬は消えてしまった。5時の時点でテントの位置までは大丈夫だと安心したからだろうか、9時まで寝ていた。相変わらず雨がテントを濡らしている。
寝るときには「明日もう一度温泉を探しに行こう」と思っていたがこの川の流れを見て無理だとあきらめがついた。水は濁りとても速い。
11:15 雨の中撤収を終え準備運動。実は昨日、一度右膝に強烈な痛みを感じていた。見れば少々張れている。膝のお皿が消えるほどはひどくないので「帰り道よろしくね」とがんばってもらう。往路を引き返すので気は楽だ。45分で行きに立ち寄った湖畔に立つ。湖面も上昇している。何度か渡る沢も昨日よりも水量が増えているのが実感できる。歩きながらずっと考えていたことは最後に待つオティラ川のことだった。昨日で腰上、今日はさぞ流れも速くなっているだろう。
13:13 タマラカウ川との合流まで戻る。瞬間的に日がさす。しかし行動食を食べていると雨がまた降ってくる。45分間、轍の後を歩いて難関オティラ川の前に来た。とりあえず挑戦してみる。胸ポケットに入っているメモ帖やコンパスなどは全てしまう。昨日よりも上流からアプローチする。なるべく川幅の広がったところを狙っていく。なんとも流れが速い。膝上で猛烈なプッシュを受ける。中瀬までは行けた。あと対岸まで10mも無い。腰まで入ったところで足をすくわれた。前のめりになった瞬間、一気に水圧を全身に受ける。さらにフルパッキングのザックに抑え込まれそうになる。「止まれ!立てっ!」立っているだけで足を持っていかれる。また没する。うらがえったらダメだと必死で上流を向きつづける。退避、中瀬に戻ってこれた。「だめ、敗退だ」、ここはとても事故が多いと書かれていた。あと少し水のあたる角度が違っていたら僕もその仲間入りだったに違いない。単独行の怖さがまた身にしみる。
15:30 4km先の上流に掛かる橋を目指すがそのトラックが見つからない。結局案内版まで戻り再スタートをする。後で分かるがもう少し山の斜面の中を探せばサインを見つけられたのに。しかしこのトラックも半端じゃない。そもそも増水時の迂回ルートなのでコース作りに無理がでる。頻繁に地すべりでコースが寸断され縦横斜めに折り重なる大木の間をのっこし、くぐって行く。不安定な路面なので慎重にならざる得ない。川原の方がまだいい。とはいえまだ切れ落ちた崖の下には深くえぐれた川の流れがある。2時間も森に翻弄され、木々の間から先を覗けるところで遠くに橋が確認できた。川の流れと中瀬を観察してここならいける、河原に下りる。地すべり後の危険個所を過ぎたところで一休みしているとデニー達が追いついてきた。彼らも渡河は諦めこちらに来た。僕が河原に下りたのを見つけて彼らも迂回路から河原に下りて来たと言う。30分間、デニー達4人と一緒に歩いて待望の橋のたもとに来た。橋を渡っても駐車場までまた4km戻らなければいけない。デニーと雨の中、数少ない車に親指を立てる。2km以上歩いたところでトラックがウインカーを出してくれた。全身濡れているのにありがたい。かくして18:30 車に戻ってきた。
もう動きたくない、今夜はここで休むことにする。雨の音が激しさを増している。