日 程 2001.11.29 〜 12.211月29日
テ・ワエワエ湾(
Te
Waewae Bay )の砂浜を正面に見るブッシュの中で朝を迎える。曇り空、雨はまだ落ちてきていない。あと数日ぐずつき気味の天気だというので山岳風景から海の見える場所に移動してきた。今回はNZの歴史を訪ねるコース。といっても百年程度のものだが。ここNZ南島の最南部は林業が盛んに行われ1920年代に木材運搬のための陸橋が建設されトラムが走っていた。しかし1932年には閉鎖となり今では世界最大の木造陸橋として残っている。まさに盛者必衰の理か。
10:22 やっと駐車場発。10台ほどの車が止まっている。しばらく森の中をたどり30分で海の高さまで下りてきた。足跡が波で消されていないので僕も砂浜を歩く。
12:00 個人の山小屋だが、ベランダを一般に開放してくれている建物で休憩。その先に吊り橋があり渡った先に看板がある。森の中に入ったり砂浜に戻されたりと海岸線近くを進んでいく。海に面した植生がどれほど違うのか興味あるところだったが、植物の構成としてはそれほど目だった違いは気づかない。原生林が海へ向かって溢れてしまったかのようだ。
13:00 カメラの電池を替えて歩き出すと看板があり二手に分かれる。砂浜コースと内陸コースだ。砂浜コースの方は1時間短縮できるが干潮の時しか使えない。今日の干潮時刻を正確に知らないが波はほとんど砂浜を呑み込んでいる。目安として砂浜が幅60m以上あるときのみこちらを使えると注意書きがあり、とてもその条件には合わないので山の中に入っていく。今までの海岸線をたどる道ではなく山の方へ上っていく。泥道も頻繁に出てくるがそれと同じくらい木道が引いてあり最近整備が進んだことが感じられる。実はこのコースには数ヶ月前にオープンした新たなトラックもリンクしている。但し私設団体が運営しているのでその山小屋は利用できない。波の音が聞こえる森の中、といった感じか。
15:07 砂浜コースとの合流点。帰り道は砂浜コースを歩けるだろうか?その後も山の中で上り下りを繰り返していると突然森から抜け出しその先に白い建物が現れた。当時の小学校を宿泊施設に転用しているものだ。綺麗に利用され、かつ保存されている。家は使わないとダメになる、という言葉を思い出した。ベットは3段まで作られていてストーブもある。こうして歴史のある建物に泊まれるということに感謝したい。広いベット(5人分が横に繋がっている)に寝転んでストレッチをし、ストーブの上で料理をする。
11月30日
結局昨晩の宿泊者は僕だけだった。20人収容できる小屋を一人で使えるということは、とても贅沢な時間を過ごせたということだ。朝ものんびり寝ていられた。隣には新コース開設に伴い建築された小屋があるが、そこから人々が出発する姿を見ながら起きた。ストーブで温まったお湯で洗顔する。空は雲に覆われているものの雨はやんでいるので海岸へ下りてみた。片道10分、情報ではこの海岸はムール貝やアワビがごろごろいるという。あいにく満潮に近く何も見えなかったが帰路にもこの小屋を使うのでそのときには収穫祭の時間を作ろう。二日後にもう一度この小屋を使うときに聞いたことだが、ここポートクレイグ(
Port Craig )
10:50 掃除をして出発。また気持ち良く使えるように薪も足しておく。100年前にトロッコ電車が走っていた線路がトラックになっている。まくら木が残っている部分もある。切り通しのようなまっすぐの、2mほど彫られた道を進んでいく。
12:15 一つ目の陸橋サンドヒル(
Sandhill
Viaduct
)につく。昔もこれほどの幅だったのだろうか、人が歩くサイズの幅しかない。中央に来ると遥か下に川が流れている。トゥリーファーンを上から見下ろすこともそれほどないだろう。さらに10分歩くと世界最大の木造陸橋パーシーバーン(
Percy
Burn Viaduct )の上にいた。全長125m、高さ36mの橋は1994年に完全修復(
fully repair )され、他に3つの陸橋があるがそれらは1999年に化粧直し(
refurbish )をしたと書いてあった。道はどろ道の割合が増えてきた。森は若く確信がもてなかったので本を出してリム(
Red
Pine )とミロ(
Brown
Pine )を同定する。
13:10 3本目エドウィンバーン(
Edwin
Burn Viaduct )を通過。それぞれが特徴をもっているわけではないので同じ物に見えてしまう。この後トラックは一気に整備が悪くなり靴が全部埋まってしまう泥道が続くようになる。なぜかと言えば、新コースはここから分岐して稜線へと上がっていく。なのでここからは私設団体の手厚いコース整備からは外れるわけである。まくら木が土の中に見える場合はそこを伝えばひどく沈まないが、見えないと道幅いっぱいの泥の中を入っていかねばならない。ゲートルに何度も助けられた。ふとそんな泥道の横に迂回路があった。これ幸いと進んでいくが気づくと獣道に入りこんでしまったらしい。もう後戻りをするにも戻れないところまで来てしまった。やぶこぎのルートファインディングが始まった。南へ向かえばルートに当たるはずだ、とコンパスで南を目指すがここの藪は密度がたまらず濃い。ザックと首の間に何度も枝が、つたが入りこみ前進を阻む。自分の思う南がコンパスの南とたびたび違い不安も出てきたがコンパスを信じて藪の小さな隙間に入りこんでいく。ふとフラッシュバックしたことは、カナダの友人Junichiと雪崩探知機を探し出す練習をしていたとき"
Believe
the device! "と彼に叫ばれたことだった。
14:14 人の作った道に出る。45分間原生林をさまよっていたことになる。服は森の木々から降りかけられた水滴でびっしょりになっていて、多くの木の皮や葉が服の隙間という隙間に入りこんでいた。気づけばサングラスがなくなっていた。あれだけ引っ掛かりながら歩いたのだから無理もない。これで新しいのを買う口実が出来たぞ、などと一人ぶつぶつ負け惜しみを言ってみた。
14:57 最後の陸橋フランシス( Francis Burn Viaduct )を通過。その後は軌道をはずれ道は狭くなり大きく育ったシダに覆われ隠れてしまっているが泥よりもむしろ歩きやすい。森の中のクネクネ道を進むと吊り橋が出てきた。その橋を渡る手前に今日の目的地ワイラウラヒリ小屋( Wairaurahiri hut )があった。時間は16:07、すでに先客がいて大量の食料を整理している。ここをベースにエコシステムの調査をするのだという。2週間分の食料をもって今さっきヘリコプターでやってきた。学術肌と見て植物の話題でしばらく話が聞けた。この周辺にはヨーロッパからもちこまれた鹿が野生化して生息している。そしてシダ類は彼らの口には合わないということだ。
12月1日
彼らの出発を見送り雨が上がるのを待つ。朝方降って日中止む、というのが最近多いパターンだ。
9:40 ザックを小屋に置いてワイラウラヒリ川が海に注ぎ込む海岸に散歩に出かける。波をなめてみたらほとんど水、潮の味はしない。岩場というより砂浜なのでムール貝は期待できそうにない。
10:40 山小屋を離れる。更に奥まで道は続いているがこの先に陸橋はもう無く、海岸線を歩くわけでもないというので興味対象終了、として来た道を戻る。往路とまったく同じ1時間10分でフランシスに着いた。やぶこぎの後一息入れた場所で同じく休憩、今日はサンドフライが気になる。昨日獣道へ導かれた迂回路(のように見える)の部分に20分で着いたので30分の原生林迷走だったわけだ。
今回のトランピングの新製品にチューブ水筒がある。チューブが口の脇に伸びていて背中に水筒だけ背負って自転車こいでいたり、クロスカントリーしていたりする、あれである。Hedge
が使っていて調子いいよ、というので興味半分でインバカーゴで買ってみた。これもステッキに続いて“使える”グッズだ。歩きながらの“ながら”水分補給ができるのでザックをおろす回数が減って結果的に距離を稼いでいる感じがする。あとはごついハーネスのついたザックかなぁ(資金的にかなり無理・・・・)。一昨日泊まった元学校の山小屋に着いたのは14:43、空気はあったかいが調理に使うためにストーブに火をいれる。しばらくするとオーストラリアからの4人組が到着、僕と入れ替わりで明日ワイラウラリヒを目指すそうだ。彼らがムール貝を探しに海岸へ散歩に行っている間、読書の時間をもつ。こんな小屋の中で読む椎名誠はなんとも気分がいい。これも
Hedge の助言からザックに入れるようになった一品。今日の干潮は19時頃なので彼らの成果を聞いてから僕も海岸へ繰り出そうと思っていた。しかし彼らはビニール袋にたっぷりと採って帰ってきておこぼれをもらったら自分の分は間に合ってしまった。殻を洗ってボイルする作業を手伝い、数個もらって“ムール貝の混ぜご飯”が夕飯になった。
新設ハットのスタッフがアジア系女性が到着していないかと尋ねてきた。昨日新設コースのハットに泊まっていたが今日はこちらDOCハットを利用する予定だという。今朝ハットを最後に出発しているのでちょっと心配している、ということ。まだまだ空は明るいし軽く聞き流していた。食後の時間をすごしていると20時を過ぎて一人到着、アジア系女性で一安心。あれっ?日本人じゃない!!考えてみればバックカントリーハット(
Great Walk
に対してその他のトラックで利用する山小屋の総称)で初めて日本人に遭遇した。聞けばすごい強者で、僕が行きたいと思い描いているトラックをほとんど“すでに”総なめにしている。マミエ殿、かなり尊敬のまなざしで見てしまう。
12月2日
9:40 また学校を掃除して最後に出発。本日の干潮は7:43、往きに通れなかった砂浜コースはまたお預けになってしまった。ハットスタッフから「絶対歩くなっ」の戒厳令が出されていた(もちろん6時前に出発するんなら良い、とは言ってくれたが)。マミエ殿と一緒に駐車場を目指す。往路をフォローするだけなので精神的にかなり余裕があり原生林をのんびり流す。マミエ殿は右足の踵に痛みが出てしまいびっこぎみ。少しでも気を紛らわせらないかと“なんちゃって植物ガイドさん”を努力してみた。成果があったかははなはだあやしいが・・・・・。昨日初めて見つけた緑のラン( Green Hooded Orchid )をもう一度見たくて森の低いところに目線がむかう。ほとんどゴール目前のところに来て木道の脇にその特異な形を披露する数輪に出逢えた。
17:06 僕の車は駐車場で待っていてくれた。他の車はほとんど中身「空」で置いてあるが僕のは「満載」、目をつけられるとしたら僕の車になるんだろうなぁ、と思いながらこの旅を続けている。マミエ殿はインバカーゴに向かって行った。ステュアート島(
Stewart Island )が次の目的地だという。僕はこのトラックの入り口の町トゥアタペレ(
Tuatapere )のバックパッカ−( Backpackers : YHAのような旅人宿)に向かい宿泊者が少ないことをいいことに個室で青空を待つことにした。
ここでひとつ宣伝を。このバックパッカ−は噂には聞いていたがとても快適でぜひお勧めしたい宿のひとつだ。
Five Mountains Holiday Park Backpackers & Camping, 国道沿いで Hump
Ridge Track
のオフィスの後ろにある。通常のドミトリーのほかにバックパッカ−ズユニットという名の二人部屋があり、宿泊者が少ないので一人部屋として使える。電源あり、各部屋に水道、ポット、電熱器がある。食堂は別にあるので料理はそちらを使うとしてちょっとしたことは部屋で用が済む。そして何よりありがたいのは“机”そして“椅子”があり、オーナーに相談したら電話回線を使わせてくれた。その電話回線というのがオフィスのドアの外にあるので、深夜の迷惑にならない時間にオーナーに立ち会ってもらう必要なく通信できる。通信料がかかるような場合はあらかじめ合意をとらなくてはいけないが僕の場合NZ国内フリーダイアルのアクセスナンバーなのでとてもありがたい親切だった。モバイルユーザーの方、ぜひ掛け合ってみてください。
マミエ殿、の紹介は本人の希望から牛さん、になりました。