単純明快、稜線へ( Mueller Hut )

日  程 2002.3.6 〜 3.7
メンバー 亀山(単独・報告)
概  略 マウントクック国立公園にある手軽な一泊トラック。高気圧にどっかと覆われた空は雲を見せることなく山々の背景を務めてくれました。  ー地図は後日ー

実は僕、働いています。マウントクック国立公園でのトレッキングガイドです。こんなに興味のある仕事につけるチャンスをくれたボスに感謝です。

3月6日

今日のシフトは午前中のガイディング。仕事を終えオフィスで天気図を眺めていた。明日は休みをもらえている。大きな高気圧は南島をすっぽり覆い、12時間後の予想気圧配置図も上に乗っかったままになっている。窓ガラスの部分は天然のマウントクックがポスターになっている。
「夕飯のとき社員食堂に僕がいなかったらミューラーに行っていると思ってください」と、ボスに言い残してオフィスを出た。仕事のセットをザックから出し自分の山行装備を詰めていく。帰りしなにDOCで今晩のハット利用者数を確認すると満員御礼になっていたのでテントも装備に加える。久々のフルパッキング、背中でしっくり落ち着きなぜか気持ちがいい。

ミューラー氷河末端にできた湖、そして巨大なモレーン。16:15 キャンプ場から歩き出す。ダブルストックもご無沙汰していた。標高を760mにあわせて砂利の道を進む。マウントクックをさらに一回り大きく見ることのできるケアポイント( Kea Point )との分岐をすぎると待ってましたというように登りが始まる。階段ができていて歩きやすいがともかく上に登っていく道だけが続く。分岐から20分、早いペースは無駄な汗を出してしまった。大きな岩が6畳ほどのテーブルを作っている部分でザックをおろして休む。ミューラー氷河末端湖の形がはっきり分かる。部分的に湖の色は変わっていて下流にあるプカキ湖と同じ色をしている部分もある。局所的に融解がすすんだ部分なのだろうか、解けた水が一度顔を出し、また氷の中に消えていく陥没地形も見える。
写真を撮っていると背中のほうで下山していく足音が聞こえる。日本人の女の子、南下していく旅行中ということであそこが良い、あっちも外せない、などといっているうちに30分が経ってしまった。いかん、今は夕方なのだ。

17:45 標高1225mで階段はいったん終わり斜面をトラバースする。セアリーターンズ( Sealy tarns )に程なくして着く。ターンとは小さな湖、沼をさす。ズと複数形なのは二個あるからだった。眼下に見える氷河湖は山の陰に入り色を落としてしまっているので先にすすむ。ここからは階段が無くなり更に勾配を感じる道になる。森林限界も越え、砂礫と岩があたりを覆う。顔をあげると上へ上へとオレンジのポールが伸びている。そして空との接点、稜線に立つポールも見える。要は稜線へジグザグをきりながらも一直線の道だ。NZのトラックにしては珍しいのではないだろうか。

19:00 稜線にたどり着いた。標高は1680mをさしている。みかんを食べて休憩。一泊なので今まで持ち歩かないものもあれこれ詰め込んできてしまった。稜線に立つことで見ることのできる山の反対側には巨大な氷河の世界が広がっていた。いつも末端部を見ているミューラー氷河の上部は唸り声をあげるかのごとく谷を埋めている。数え切れないクレバスが走り表層に岩石を乗せ黒ずんだ氷の河。目で見る分には動いていないはずなのに強力なエネルギーを感じてしまう。

この空が日没前なのです。19:30 部分的に数日前に降った雪の残る瓦礫帯を歩きミューラーハット( Mueller Hut )の横に来た。テントがひとつ張ってある。小屋の中を覗くと確かに満員、ストーブは無いが人の熱気で熱いくらいだ。注意事項を読むとハット利用料は18ドル、テントは9ドル。ただしハットから200m以上離れたところにテントを張れば0ドルと書かれている。
明るいうちにテントの設営を終える。あくまで山々の後ろは単色、雲がいない。ハットに泊まる人々の声の届かない岩の上でそのときを待つ。白い雪に塗られたマウントクックの西斜面に朱が混じりだす。贅沢な時間の中にいる。今日登って良かった。

お月様は今、日中に空にいるので夜は星の時間となり天の川の白さに厚みが増す。風も凪いだまま、更に晴天なのに気温の冷え込みも無く長い時間星を仰いでいても気持ちいいままだ。静寂の中、時折雷に似た雪崩の音が空気を震わせていた。

3月7日  

7時に自然に起きるとサンライズが始まっている最中だった。朝の冷え込みが無かったのでバレーホグ( Valley hog )の発生が無くあくまで山々の稜線が確認できる。夜から太陽へのバトンタッチがすすんでいく。
こちらからクックの東斜面は少ししか見えないのでドラスティックさから言えばサンセットのほうに分が上がる。しかし、マウントセフトン( Mt. Sefton )の巨大な氷河を抱いた斜面がオレンジに山頂部から染められていく。連写のシャッター音の間にもぐいぐいとオレンジのラインが引き下げられていく。ドキドキしている自分に気がついていた。
白い帯、すべて氷河です。どうです!

刺してくる朝の明かりを受けながら朝食を摂った後、もうひとつのテントの外で湯を沸かしている3人組みに朝の挨拶に行く。イスラエルからの旅行者でハットの中で紅茶を飲もうと誘われ自分のコッヘルに残った紅茶を手にしてハットの中に入る。この国でイスラエルからの仲間に会うことが多い。彼らの国には男女共に兵役があり、兵役が終わると長期の旅行に出るのが最近の風潮らしい。韓国に似ている。
ハットにはまだ多くのトランパーがいて朝の語らいをしていた。その中の一人から日本語で挨拶された。クイーンズタウンから遊びに来たミホコ、流暢な英語を話すので他のアジアンだと思ってた。
ミホコはバードライフパークのガイドさん、鳥の名前教えてもらいました。 夕方からの仕事に間に合えば良いのでハットから30分のマウントオリビエ山頂( Mt.Ollivier )に散歩に行く。ミホコは昨日目指したが途中でルートを失い岩の上で昼寝をしたのでもう一度行きたいと二人で向かう。たしかにケルンはあるものの不明瞭で目線の先にある一番高いところに向かって上がっていくというもの。安定しているとはいえない岩場を進む。山頂に向かって左側を狙いすぎるとクリフに出会ってしまう。所々に雪のパッチが残りクラストしているのでうかつに一歩を出すとツルッと滑り危ない。
山頂には一段と大きなケルンが二つ三つ作られプカキ湖側の視界が開ける。地図では本当の山頂はもうひとつ向こうの頂のようだがここで十分とディパックをおろす。
この広大さはなんなのだろう。西側にはサザンアルプスのメインデバイドが迫り幾筋もの氷河がうねっている。北にはマウントセフトンがいつも見る大きさよりもずっと近づいてあり、東にフッカー氷河を麓に抱くマウントクック、そこから南へU字谷の中を蛇行していくタズマン川がプカキ湖まで続いていく。そしてそのすべてのバックには青い空しかない。
いつのまにか2時間が経っていた。テントに戻るとお昼だ。バーナーなど一切片付けていないので思わずお昼ご飯を作ってしまう。お米のパッケージに書いてあるレシピ通りに作ってみる。こちらではお米は熱湯に入れて“煮る”のである。

13:10 テントの撤収も終わり下山を始める。来た道を戻るので急斜面を滑らぬように気をつけて進む。砂礫の道は下りのほうが注意を要する。

14:00 セアリーターンズに立ち寄る。眼下の氷河湖には陽が入り色のトーンの上がった谷間を俯瞰する。氷河末端部は多くの岩礫をその上に背負っているので青く光る氷河は見えない。これらはすべて氷河が山を削り取ったものなのである。

14:30 トラック上にドラム缶の置かれた場所( 標高1120m )を通過、かなり下りてきた。急降下も終焉間近だ。トラックが平坦さを取り戻したところで先行して下山していたミホコに追いつく。クイーンズタウンの植生と比べながらクールダウンしてキャンプ場に戻る。車にタッチしたのは3時半、シャワーを浴びてから夕方の仕事に向かった。