国際速攻隊?!(
Ball
Pass crossing )4月16日
マウントクック村に自分の部屋を確保できてからひと月が過ぎた。但しここに居られるのは今月一杯。正直いって焦りがあった。雪がしっかり付きだす前に行く方がベターだろう、今回の峠越えの言いだしっぺは僕自身だった。昨日仕事を終えてオフィスに戻るとフリンジ(
Mr.
Phurenje )からのメッセージが残されており全てはオーガナイズされたと書いてある。電話をするととにかく明日の朝5時に彼の家に集合、ピッケルとヘルメットを借りてくるようにと指示を受ける。ネットワークの広さはこの村きってのシェルパ族、とでも紹介しておこうか。エベレストに多くのクライアントを運び上げたネパール人である。
4時55分きっかりに彼の住む家のドアを開ける。ここで今回のパーティは4人、5時半にエルマー(
Mr.
Elmar )の家に集合、ジョン(
Mr.
John )の仕事仲間アンディ(
Mr.
Andrew )の4WDで車道の行き止まりまで行くことを知った。ところがエルマー宅の駐車場にジョンの姿は無い。彼の部屋まで呼びに行き戻ってきたフリンジの口からは“寝てましたねぇジョン、今起きました”というセリフが返ってきた。
6:30 アンディの車
NISSAN SAFARI
がタズマンロードの終点に着いた。後半の6kmはハードなオフロードで荷物も人間も上下左右に踊りっぱなしだった。まだ朝はやってきていないがぐんぐんと空に光が集まりだしていく。ヘッドランプをしまって歩き出した。道はタズマン氷河によって造られ、そして削られたモレーンに沿って右岸に続いている。30分でボールシェルター(
Ball
Shelter )に着く。平地ならエルマーのペースについていける。程無くして分かるがここで大事なのは“平地なら”という限定である。ボールシェルターを越えおもむろに山腹に取りつく。トレースは残っているが稜線へと続く急登コースだ。
7:47 高度計で標高1240mの稜線上に乗った。エルマーとフリンジの休んでいる平坦地に合流するが既に二人の額から汗はひいている。今回のルート案内人はオーストリア人のエルマー、ホテルのシェフだが冬はスキーのインストラクターでマウントクックにも登頂を果たしているアウトドアマンである。食堂で僕を見るたびに声を掛けてくれ、入村したての僕の緊張をほどいてくれた重要人物でもある。
8:30 次の休憩は標高1645m(地形図では1760m)、目指すボールパスを望める小ピークだった。あまりにペースが早く景色に驚嘆しているうちに10m離され、写真を撮っていると50m向こうに行ってしまうような歩速なので二人が休んでいるところではすかさず三脚を立てて撮影タイムにさせてもらう。朝食を摂る時間も無かったジョンだが自分のペースで淡々とフォローしてくる。彼はホテルのメンテナンスを生業としているが、休暇となると何処かに登りに行く山好きなオランダ人である。さて、これで今回のパーティメンバーの紹介が終わったがネパール、オーストリア、オランダそして日本となんとも国際色豊かな四人組みなのである。こんな出会いを僕は大事にしたい。
この休憩から腰を上げるとき、僕のザックの紐が切れてしまった。幸いアタック用の内容物なのでさして重量は無く事なきを得たが自分の持ち物の耐用年数を気にする時期に来ているのかもしれない。
9:15 途中にある私設山小屋キャロラインハット(
Caroline
Hut )はそのまま通過、標高1815m(地形図では1936m)のピークに立つ。がそこまでのルートは不明瞭で3番手の僕は前の二人を見失いミスコースをしてしまう。ジョンはこのコースを1ヶ月前にも歩いているので彼の後ろにつかせてもらう。エルマーとフリンジのペースを追おうとすると完全に自分のペースが狂ってしまい、景色を目に収める時間も無くなってしまうので四番手になってカメラクルーとなる。
9:40 稜線の眼下に広がるボール氷河(
Ball
Glacier )に急降下する。ここからは氷河の上をボールパスへ向けて歩いていく。氷河の上に足跡が続くがカメラの倍率をいくらあげても氷河の上に乗った人間はちっぽけな存在だ。輝く白色の氷河の上には青い空だけが見えている。
10:02 ボールパスに到着(高度計1995m、地形図では2121m)。マウントクックが傍らに居てまるで山頂を手のひらで撫でてあげられるかのような距離にある。実際には直線距離で4kmあるのだがそんな距離感は感じられない。今回はタズマン氷河側からボールパスを越えフッカー氷河側へ降りていくが、峠に立つことで姿を現すマウントセフトン(
Mt.
Sefton; 3150m )、毎日のようにクック村から最も近い三千メートル峰としてその広い南斜面を見上げている山が屏風を立てたような薄い山であることを知った。
10:40 軽食を摂り燃料補給、一通り会話を楽しんだ後これから下るアイスバーンの斜面に備えてアイゼンを履き、せっかく担いできたのでヘルメットも被って下山を開始する。ちなみにアイゼンとはドイツ語で英語ではクランポン(
crampons
)と呼ぶ。10分も下るとアイゼンの役目は終わり乾いた岩場に戻ってきた。
うすく踏み後の残るルートを降りていき、途中降り過ぎて登り返す場面もあったがマウントロサ(
Mt.
Rosa; 2161m )とマウントマーベル(
Mt.
mabel; 2091m )から延びる西斜面に深く切りこまれた沢を降り高度を落としていく。一抱え以上もある岩が引っ掛かって止まっているガレ沢で、落石があったら?と身の危険を感じながらとっとと降りていく。しかし前の二人には到底及ばない。沢が広くなると石の大きさも小さくなり岩屑(
Scree
)となって砂走り(須走り)ができるようになる。
12:03 エルマーとフリンジが昼寝をしている平地に合流した。そこは現在よりも数百mも厚い氷の河であった時代のフッカー氷河が削りとった地層の上で、対岸には同様に削り取られた斜面を見ることができる。さらに赤い屋根をもつフッカー小屋(
Hooker
Hut )が削られずに残った小さな平地に置かれている。
ここまで来ると核心は終了、後は距離を歩いて帰っていく。フッカー氷河の左岸をケルンをつないで進み良く整備されたフッカーバレートラック(
Hooker
Valler Track )に第二吊り橋のたもとで合流、キャンプ場に戻っていった。
14:00 今朝キャンプ場に乗りつけておいたエルマーの車の横には、下山後の片付けをすべて済ました二人が待っていた。やれやれ、二人のスピードには完敗だ。
ボールパスクロッシングと呼ばれるこのコース、難しさは感じなかったがアイゼンは持っていきたい。数百mしか利用しなかったがあのアイスバーンで滑ったら、止まるには運も必要になる斜度がある。
本来このコースは一泊二日のコースとして紹介されている。それを行動時間7時間半(休憩1時間半を含む)で昼寝もしてしまう仲間がいるのである。景色を楽しむ遊びとは別に、空間を移動することを楽しむ遊び、そんな時間だった。遊び方は多様だ。そのことを強く感じさせてくれた仲間達であった。また一緒に登れる時間が来ることを願いたい。