6月5日
ニュープリマスまで南下してきた。移動していて雨に降られない日は無いっ!と断言できるほど天気はすぐれない。それが冬を表している。街に入り、頭の上には青空があるのだが山が見えない。どこにあるのだろう。富士山と良く似ているといわれるタラナキ山の玄関口ニュープリマスは静岡県三島市と姉妹都市になっている。
ノースエグモント・ビジターセンター( North
Egmont Visitor center )に近づいたが未だにタラナキ山の存在が判らない。スタッフに向こう数日の天気を尋ねるがいい返事はかえってこない。前線が近づき強烈な西風が入ってくるそうだ。さらに雪になる標高もトラックまで下りてきているので一番近い山小屋で様子を見たらどうかと助言をもらう。
14:30 車を後にする。空からは雨粒が落ちだし森に逃げ込む。薦められたのはタラナキ山周回コース(
Mt.
Taranaki Around the Mountain Circuit; AMC )を時計回りに進むルートの一つ、ローレべルルート(
Low-level
route )。豊かな原生林は背の高い木が天井を造り中間層にも多くの樹木達が居るのだが今日の雨はその屋根もくぐりぬけてくる。標識には山小屋まで一時間半と書かれていたが1時間掛からずに僕にとってのタラナキ山観察小屋マカテワハット(
Makatewa
Hut )に到着した。活動時間1時間、しかも森の中の道だったがしっかりと中まで濡れてしまい山小屋の扉に近づき風に吹かれると途端に体温を奪われた。
雨はジャンジャン、それも突風になびいてカーテンのように降っている。山小屋にはガスストーブがあるが案の定ガス切れで熱源は絶たれた。調理用のガソリンストーブを足元において暖を取る。悪いことに入り口の扉の板が壊れていて風が山小屋の中に入りこんでくる。更に強くなっていく風は夕食の最中に扉をこじあけ轟音と共にちょっぴり暖まった部屋の温度を外気温にリセットした。使わないマットレスを扉の前に積み上げて応戦する。「テントで寝ると思えばいいさ」悔しさ交じりで呟いてみた。
6月6日
山小屋の周りは真っ白、とはいえ雪ではなくガスだが。それも立ちこもっているガスではなく猛烈な早さで流れていく。起床時には停滞を決めていた。今回の目的はタラナキ山の雄姿を見ること、を最重要課題にする。出発時に聞いた天気予報から沢山の読み物を持ってきている。月間情報誌Gekkan
NZ、East
Wind
からはじまり遠藤周作「風の肉声」、作者を忘れてしまったが「堤義○の育てられ方」、椎名誠「南国かつおまぐろ物語」とある。ジャケットを着て手袋まではめて読書に夢中になっている自分がいた。
暗くなってからチェコのトランパーがやってきた。ストーブのガス切れに気を落としていた。そりゃそうだろう、この雨の中歩いてきたのだから。
6月7日
朝方トイレに起きると眼下にニュープリマスの明かりが見えた。
9:18 壊れた扉を開ける。プファー(
The
Puffer )の道を上がり電波塔を目指すつもりで出発したのにいきなり間違えてしまった。歩いてきた道に分岐があると思っていたがそれはビジターセンターに戻るハイキングコースの分岐だった。地図はザックの中で確認をためらった結果だった。初歩的過ぎるミスが多い。
10:28 ビジターセンターのすぐ上にあるキャンプハウス(
Camohouse
)という名前の山小屋の前に出る。改めて斜面を登り返す。20分でベロニカトラック(
Veronica
track )の分岐を過ぎる。今度は間違い無く歩かねばならない。
11:20 周回コースに合流した。10分ほど前からトラック上に雪が見えだした。とはいえ気になる量ではなく山腹を横切っていくコースは白く雪のついている標高まで十分な距離をおいている。トラックはトゥトゥとブロードリーフの茂るブッシュに一本の道を延ばしている。高く切り立つ絶壁(
Dieffenbach
Cliffs )の下を進んでいく。トラックがこの絶壁の上だったら雪道になっている。私情(わたくしごと)を考えながらトコトコ歩いているとトラックが土砂崩れで消えていた。30m程先にトラックが再開していて手前には鎖が渡してある。昨日今日の土砂崩れではないようで多くの人に踏まれた新たなトラックが出来あがっていた(
Boomerang
Slip )。時折タラナキ山を見上げることが出来る。いつ消えるか判らないので見えるたびにカメラに収めておく。
12:15 再び日帰りハイキングコース(
Kokowai
Track )との分岐を過ぎる。ハイキングコースの方は痩せた尾根に道が切ってあった。タラナキ山を中心に北斜面を西へ向かって半時計回りに歩いているが西からガスの塊が近づいてきた。「これまでかぁ」タラナキ山がブロックしていてくれた西風がトラックの上を抜け出し始めた。
12:50 ポウアカイハット(
Pouakai
Hut )へ通じるアフカワカワトラック(
Ahukawakawa
track )とAMCとの分岐に着く。すぐ先に絶景ポイントとして知られるホーリーハット(
Holly
Hut )があるのでAMCを辿る。10分しないで山小屋に着くが分岐点辺りからガスの濃度は濃くなり風の中に水滴が混じりだしていた。ランチタイムと称してお湯を沸かしガスが晴れる時間稼ぎをする。しかし白い空が青空に変わることは無かった。この山小屋にはガスストーブではなく薪ストーブが置いてあったが38床ものベットを持つ大きな山小屋の割に貧相なストーブで部屋が温まる頃には朝が来ていそうだ。
14:00 初日の反省から雨具を着て、分岐点へ戻りアフカワカワトラックを行く。きれいに整備された木道の階段で標高を下げていく。景色は湿地帯に変わり木道はハイカーのためではなく植物達のためにあることを再確認する。タソックに混じりグラスツリーが多くなるがどれもヒトより低く風をまともに受ける。本には日本で水コケとして園芸に多用されているスファグナム・モス(
Sphagnum
Moss )の湿地帯だと記述されていた。下りきると今度は淡々と階段の登りが続く。行く先も歩いてきた方角も真っ白なのでいつまで登るのか見当もつかない。
15:15 T字路にぶつかる。西はポウアカイ山の山頂へ、東はポウアカイハットへ。晴れていればさぞきれいなのだろう。この山の山頂狙いでハイキングに来る人も居る。しかし今はどこにタラナキ山があるのかも判らない。次ぎの分岐点までは近いうちに設置される木道がトラック横に立て掛けられていた。分岐から5分、きれいな階段を下りていくと白一色だった空間の中に山小屋がヌッと現れた。
ポウアカイハットには薪ストーブがあり山小屋の大きさにマッチしたサイズなので前向きに火を起こす気になる。薪を組んでいると3人組みが到着した。中学生ぐらいだろう、数学のテストが終わったから、と言っていた。
6月8日
まったく窓から見える景色に変色が無い。食料は充分連泊出来るがここまで続くと気持ちはへこんでしまう。3人組みはお昼前に下山していった。2時まで待って変化なければ停滞、見えてくれば出発。と自分のスケジュールを立てる。この天気だし今晩は一人だろうと思っていたらドイツ人がやってきた。本は遠藤周作の2周目が始まったが「英語なら読むのに時間がかかる」とトランピング本の気候、歴史、動植物などのイントロ部分を読むことにする。これは良かった。トイレに行くぐらいしか体を動かしていないのに頭の疲労から眠気がやってきてくれた。そして寝袋はしまうことなく同じベットに入っていった。
6月9日
期待のこもった朝をタラナキはしっかりと打ち砕いてくれた。これで諦めもついた。ガスの中に入っていく準備をする。オリビエ(
Mr.
Oliver )が車でインフォメーションセンターへ届けてくれると言うので甘えることにして、彼と一緒にマンゴレイトラック(
Mangorei
track )を下りていく。このトラックは木道の整備された上部、泥と水溜まりと木の根がひろがる下部とある意味で変化のあるトラックだ。グレートウォークと軽ステュワートアイランドが楽しめる。オリビエは登っているときに戻ろうかと思ったそうだ。一時間半も経つと道路に出た。

インフォメーションセンターには入山時と同じ女性が待っていて下山を報告する。マケタワハットの扉が破損していることも伝えた。この後の天気予報を聞くと更に前線が近づいていて大雨警報が出ているという。後ろ髪引かれることなく駐車場を後にした。山の中に4泊してタラナキ山山頂を見ることが出来たのは30秒。こんな山行があってもいい。