極楽満喫、優雅なホリデー( Dusky Track )

日  程 2004.2.28 - 3.8

ニュージーランドで山歩きを楽しんでいると、遅からずに耳にするトラックがある。

泥がどこまでもこれでもかと現れ両足が埋まっていく。腰、胸まで川に浸かりながら対岸へ向かう。最低でも8日間を要する。3つの入り口はどれも水上交通を使わなければいけない。気付けば雨が降っている。・・・・・・・・・

だから話題には出てくるがなかなか行くことに二の足を踏んでしまうトラック、それがダスキートラックである。やっと僕にチャンスがやってきた。はじめに言ってしまおう、僕にとっては「ナイスでデリーシャスなホリデー」でした。

Day 1

Sunnyの運転でマナポウリ湖へ向かう。何かとお願いしてしまいそのたびに引き受けてくれる、頭が上がらない同年代。この場を借りて「ありがとう」です。
雲は低く雨が降ってきた。15人の観光客と一緒にボートに乗り込む。観光客はマナポウリ湖をわたり更に奥にあるダウトフル・サウンドと呼ぶフィヨルドへ向かう方々だ。フィヨルドといえばミルフォード・サウンドが有名だが、あまりの知名度ゆえ少々人が増えすぎた。より静寂さを感じたい人にはダウトフルサウンドがよいといわれる。ただしアプローチが長いので予定ぎっしりの日本からのパッケージツアーでは難しいだろう。かくいう僕も行ったことは無い。
定員ぎっしりの小さなボートが桟橋を離れた。Sunnyが見送りをしてくれるが遮るものが無いので、小さくなりながらもいつまでも見えている。彼女もビデオを回してくれているが撮り終えるタイミングを図りかねていた。帰ってきてから見せてもらったがお互いの惑いがわかり面白い。

マナポウリ湖の西端ウエスト・アームに着岸する頃には雨は止んでいた。バスに乗り換えNZ最大の水力発電所を見学しに地下200Mの深さまで降りていく。タービンが幾つも並んでいるが見たところで動きがあるわけではない。それでも一度は見る価値があると思う。

再び地上に戻り林道を10分走るとドライバーが僕のほうを向いた。道端にぽつんと看板が立っている。皆にエールを贈られながらバスを降りる。バスが動き出し文明の音が遠くなると目の前の原生林が色を濃くした気がした。

12時、ダスキートラックに一歩を踏む出す。最初に川床まで下っていく。雨は止んでいるが木々たちはたっぷりと水分を抱えていて、すぐにズボンは重くなり上着も乾いているところがなくなってしまった。初日から大失敗、もう少しもう少しと雨具着用を遅らせているうちにズボンを濡らした水分はゲートルの中を伝い靴下を、そして川を渡っていないのに靴の中を濡らしてしまった。雨上がりの森は雨具を履いていきましょう。

1時間歩いて吊り橋を渡る。このトラックにある吊り橋はワイヤー3本で作られるもので「補助ありの綱渡り」といったところか。ザック重量も初日なので25kgほど、いい具合にたわむ。雨がまた降り出した。雨具を着るが既に時遅し、降ってくる雨除けではなくて体温保持のためのものとなる。

歩き出して2時間半、出合を左俣に進みスペイ川( Spey river )本流に沿ってトラックは続いていく。さらに1時間進んで本日3本目、4本目のつり橋を渡りながら森の中を進む。背中の重さが気になる頃不意に草原に出た。向こうに見える森の入り口にオレンジ色のコースマーカーがある。そのまま直進しようとしたがタダの草原ではなかった。足の置き場を考えないといけない湿原地帯でたっぷりと雨を含んでいる。再び森に入るとすぐに一泊目のお宿( Upper Spey Hut )が見えてくる。

ビジターブックを見ると一日先行して一組が歩いている。その前1週間ほどは利用されていない。ということは水タンクは涸れていないだろう。というのも以前歩いた友人達から水タンクが空だったという話を聞いていたので気になっていた。夕食を食べていると雷混りの強い雨になる。早いとこ全部降っておくれ、とお願いして二段ベットの上段にあがった。上段に上がるだけでかなり室温は違う。ストーブはあるが薪が豊富に無い。本当に炎の暖かさを必要とするかもしれない次のグループに手をつけずにおいた。

Day 2

8時半、霧に囲まれているが雨粒は混ざっていない。モーニングコーヒーから始まり一人の時間を楽しむ。停滞して晴れを待つか悩んだが、まだ2日目なので先に進むことにしてハットの扉を開けた。今日は峠越え、スペイ川は川幅を狭め沢になってくる。緩いのぼりがいつまでも続き時間がかかりそうだ。2時間歩くと森は終わりタソック帯にでた。そして1時間、峠の向こうが見えてきた。センター峠( Centre Pass; 1051m )を通過

するが特に標識はない。情報ではここからメンフィス山( Mt. Memphis; 1405m )に寄り道できるそうだが山頂はガスの中、真っ白で気分はのらずに先に進むことにした。峠にたつとこれから進む谷がよくわかる。谷の先にはきれいな三角錐のトライポッドヒル( Tripod Hill; 895m )があり、谷へ降りるにつれて俯瞰していた山頂は目線の高さになり、森から覗く頃には見上げる存在になっていた。標高が低いので山頂まで緑に覆われている。この下りはかなり急で途中すれ違ったニュージーランド人4人組は言葉少なだった。

峠から下ること2時間、吊り橋がかかり谷底まで来たことを実感する。更に30分川沿いに歩くと2本目の吊り橋があり不意にハット( Kintail Hut )5分の看板が現れた。ハットの目の前に沢が流れ込んでいるのですぐに水浴びをしてクールダウン。今回はポリプロピレンの肌着を着ている。乾きやすく暖かくていいのだが連日着ると臭いがきつくなってしまう。ついでにジャブジャブ、水洗いだけで全然違う。水気をタオルで吸いとって干しておけば翌日ほぼ乾いているので十分着れる。こうすると荷物に着替えはいらなくなる。お試しあれ。

ハットには1日先行しているはずの二人組がいた。イングランドからのジェイクとジョー( Jacob & Joe )だ。登り返してセンター峠にいこうとしたがあまりに急なので引き返して休息日にしたという。そもそも単独の旅行だったがステュワート島で出会い、二人ともダスキーを予定していたので一緒に入山したそうだ。思い返せばこの日から僕らは同じ行程をたどることになる。そしてとびっきりのホリデーを過ごしたメンバーが集合した晩だった。

2月も終わりだが9時過ぎまで明るい。お米の夕飯を摂った後ジョーが持参したトランプで夜を待つ。”スカンバーグ”と発音していたと思うがルールを教えてもらうと「大富豪」だった。どなたかスペルを知っていたら教えて下さい。

Day 3

朝方の冷え込みは気も引き締めてくれた。いい青空が広がっている。情報によればこの先から泥スポットが目立ってくるらしい。2時間進むと吊り橋があり今までと同じようにワイヤーに乗る。中ほどまで進み川の流れを見下ろすところで漫画のひとコマのようにきれいに滑った。落ちることは無かったが注意力が下がったか?そのうちコース幅一杯に泥セクションが広がってくる。ダブルストックの威力発揮で全戦連勝かと思った瞬間、左足が無くなった。膝下まで飲み込まれた。さらに倒木が渡してある沢でストックが沈んでバランスを崩し、水深30cmの沢に寝転がってしまった。やれやれ、と陽を浴びる河原でランチ休憩をしながら乾かす。場所によっては川の流れに面した部分にトラックがあるので、増水したら必ず水没するところなのだろう。

ハット( Loch Maree Hut )は高台の上にありマレー湖の眺めがいい。ここに座れと言わんばかりに展望地に一脚の椅子がある。たしかに気持ちいいが腰をおろした2秒後にはサンドフライに取り囲まれる。マレー湖への流れ込みまで降りて泳ごうかと思ったが、水温は冷たく5秒でしびれてくる。足をつけるまでしか出来なかった。二十歳のジェイクは泳いだそうだが・・・・

Day 4

大きな三脚を背負ってきたポーランドからのマリオが「朝7時半からマレー湖のショーが始まる」と言っていたので彼に合わせて早起きする。もやの溜まったマレー湖に日が射し始めると途端にそれは動き出し、劇場の幕が上がるかのように森に吸いこまれいく。そして杭を立て並べた湖面が現れた。その杭は立ち枯れの木々たちだ。今日はそのマレー湖沿いに進みシーフォース川( Seaforth river )沿いに下流へ、その先にあるサパーコーブ( Supper Cove )を目指す。そこはダスキー・サウンドの入り江の一つになる。

ダスキートラックはT字型をしている。つまり全行程を歩こうとするとどうしてもダブる部分がある。Tの字を一筆書きしてみてほしい。僕のとったルートはTの右上から左上へ、交点に戻って下へ向かうイメージになる。そして昨晩泊まったロックマレーハットが交点に相当する。ということは再び戻ってくるのだから後半戦の食料はここにデポしていくことが出来る。サパーコーブへは停滞日を含めて3日分の食料だけ持って残りは壁に下げた。壁に下げる、というのはねずみ対策である。毎晩ねずみの運動会が開催されているので用心に越したことはない。

快晴の中スタートする。本日のパートがトラック中もっとも泥セクションと川の通過が多い。雨天が続いた場合サパーコーブから身動きが出来なることもあるらしい。湖に立つ枯れた木を観察すると、その水面に突き出た株の上に新たな植物達が生育している。この森に不必要なものは何もない、というかのように数種の若木が葉を茂られている。湖が終わる頃本日2本目の吊り橋になる。その後次から次へと地図に記載のない吊り橋が現れる。かなりコース整備が行われているようだ。泥は知恵比べで遊べるが、渡渉となったら濡れるしかないと思っていたので拍子抜けしてしまう。

トラックは幅が広くなる。入植の時代に炭鉱夫たちが切り開いたものだ。何度かシダの海の中に線を引いたようにトラックが続く。ここは約百年前にカナダムースが放された場所で、最後に目撃されたのは1970年だが今だガイドの口から発せられるほど生存が語られているところでもある。。そんな世界がここにはまだ残っていると感じられるとき、嬉しくてたまらない。

本日8本目の吊り橋を渡るとトラックは滝の音がするほうへ近づいていく。ヘンリー川( Henry burn )の F1 5m(1番目の滝、落差5メートルの意) といったところだろうか。滝が作り出す風は霧を含み気持ちよく体温を下げてくれる。またこの風はサンドフライの侵入を防いでくれている。

リフレッシュして歩き出すと砂浜に下りる。トラックは再び森に入っていくが、干潮ならばこのまま浜を歩いていけるのではないだろうか。一度は森に戻るが浜に下りてみる。しかし5分としないで流れこみに進路をふさがれてしまいブッシュの中を本線まで戻る。滝から1時間弱で9本目の吊り橋を渡ると見上げる位置に日の当たるテラスをもつハット( Supper Cove Hut )があった。先客なし。歩くときは一人なのでジェイク達が来るまで空間を独り占めする。

砂浜で泳いだ後、ハットに置かれてあったリール竿を持って岩場に立つ、ジェイクの一投目にパーチ( perch )がヒットする。その身を餌にして更に大物を狙う。海に落としたした瞬間集まってくる。一番大きな一匹だけをハットに持ち帰りスープを作る。二人に魚のにおいが大丈夫であることを確認して調理、食べてもらう。だしが効いていて美味しくまとまった。
一通りおなかも落ち着いて本を読んでいると海から音楽が流れてくる。なんだなんだ、と音の方向を見ると船が近づいてくる。どうやらハットの下の入り江に停泊しようとしている。しばらくするとハットに数名が上がってきた。ジョーが外に出る。すぐに外は笑い声で一杯になっている。よし、と腰をあげる。彼らはテ・アナウの住人でホリデーで遊びにきたという。釣り師、ダイバー、ハンターが乗り合わせ、船には皮だけの鹿が吊るしてある。今晩の食事はベニスン(鹿料理)だという。そしてトイレを借りたいから、とホタテの剥き身を持ってきてくれたのだ。さらに話が盛り上がるとクレイフィッシュは食べたか?という話になり、尾の身(一番美味しいところ)は食べちゃったけど、頭があるから煮込んだらいい、とわざわざ船に戻って取ってきてくれた。さらに赤ワインのボトルまで胸に抱えている。二回目の夕食はホタテのソテー、クレイフィッシュのブイヤベースに赤ワイン。深い眠りは約束された。

Day 5

はなから歩くつもりはない。快晴、ハットの中に日差しが溢れている。昨日とれなかったタラ( Blue Cod )をどうやったら釣れるだろうかなどと考えながらコーヒーを飲んでいると、デッキで本を読んでいたジョーがジェイクを起こしにきた「彼らがボートに乗せてくれるって、早く起きろ」、僕にもお誘いの言葉をかけてくれる。寒くないように雨具を着て浜に下りていく。竿を持っていったがピーターは要らないという。船にある、と。

船には小型ボートも繋いでありダスキーサウンドの沖へ連れ出してくれた。サパーコーブを沖から眺めたトランパーはそんなに多くないはずだ。
フィヨルド地形は”べた凪”を作り出す。波のない水面から立ち上がる斜面は原生林の緑色が何重にも塗り重ねている。決して一色ではない、いくつもの緑色で創られる森に時間の深さを感じる。ニュージーランドの最終氷河期は約1万4千年前と言われる。そのときここは氷河が山の高さまで覆っていたのかもしれない。氷が融け、剥き出しの岩盤が太陽と顔をあわせるようになると、森の始まりといわれる藻類が岩を包みはじめ、その藻類を土台にして次の生命が重なり更なる生命を迎える。その現在形が目に見えている森なのである。想像できるスケールをはるかに超える時間がこの造形を生んだ。

話を戻そう。ボートには魚群探知機もついているのだろうか、ピーターはエンジンを止め竿を僕らそれぞれに渡し、手さばき良く餌の切り身を針につけてくれる。海釣りをする人には普通なのだろうが渓流釣りの感覚からすると、親指以上の大きな針に3センチ角はありそうな餌をつけて魚を釣る、というのはおどろきになる。「底まで落としてちょっと挙げたところで待て。海底すれすれに餌を踊らす感じだ」とピーターの指導。水深は45から50メートルある。びーん、ビィーンと餌をつつくのを感じる。カポッ、と口に入った(と思った)時に合わせる。ここに住む魚たちは釣られる、という行為に慣れていないのですぐに重さを感じることが出来る。ハットに冷蔵庫があるわけではないので3人分で十分だ。餌をますます大きくして口が大きくないと食べれないサイズにする。ゴンッ。ひときわ重さを感じるあたりがきた。水中から姿を見せたそれは60センチオーバー、胴回りが腿ぐらいありそうなブルー・コッド(タラ)だ。頭部から背にかけて本当に青い。さばき方をピーターに教わりハットに戻るがスイスアーミーナイフでは刃渡りが短くて苦戦する。ブルー・コッド4匹、タラキヒ( Tarakihi; 黒鯛の仲間 )1匹をスーパーに並ぶフィレの形にしたら重労働をした気分、昼寝タイムにした。

午後、水上飛行機でテ・アナウから一気にサパーコーブにドイツ人グループがやってきた。女性1人を含む3人組。天気予報を持っていてニュージーランド南西部フィヨルドランドは大きな高気圧に覆われている。向こう数日はこの晴天が続きそうだ。彼らのコース取りは天気を見計らって一番の難所ロックマレー、サパーコーブ間を歩ので、停滞の恐怖から開放されるという強みがある。お財布に余裕がある人にはいい選択だろう。彼らはサパーコーブに一泊してマナポウリ湖へ4日間の行程で向かう。

さて、夕方になった。この極厚のフィレをどう食べようか。3人の食料を確かめる。日本の味を試してもらおうと味噌仕立てのタラスープ、ジョーのマッシュポテトとグリーンピースを付け合せにしたフィレソテー。よしこれでいこう、大きなフライパンはハットにある物を借りる。ドイツ人グループはピーターたちから天気予報持参チップとしてホタテを受け取っていた。しかし魚介類に慣れていないようでチリを効かせたバター炒めを作ったものの、そのほとんどは僕ら3人に回ってきた。ハットでこんな食生活幸せすぎる、持参のウィスキーがさらにおいしい。

Day 6

二晩お世話になったハットをしっかり掃除して、また来させてくださいとお願いする。しっかり乾いた靴下をはき、やっと乾いた靴に足を入れる。来た道を戻るわけだがなぜか吊り橋の数が合わない、何処かで書き留めるのを忘れたか?考えられるのはこの二日間で更に水位が下がり、往きに吊り橋ポイントまで上流に上がったところをそのまま石伝いに渡ってしまった可能性だ。泥セクションのコース取りは三者三様でたのしい。ジョーは埋まることは意に介さないでど真ん中を行く。休憩間隔が違うので途中から独りになる。一度歩いているので精神的に随分楽な6時間だった。

Day 7

デポした食料は荒らされずに吊り下がっていた。ここからはT字の南下コース、後半戦だ。シーフォース川には長い吊り橋がかかり対岸の稜線( Pleasant Ridge )に出るまでは急登が続く。木の根が縦横に走るのでつまずかないように注意する。下りのほうが怖いだろうなぁと四足で登ること2時間、勾配が緩くなり振り向くとダスキーサウンドまで見通せる稜線に出た。

まったく景色は変わり、地溏が点在するタソック地帯の中をトラックは続いていく。稜線歩きは遠望が利きフィヨルドランドの山々が目に入る。稜線に出てから2時間ほどで大きなホライゾン湖( Lake Horizon )の湖岸に荷を下ろした。バーナーを取り出し湖の水をすくう。後から来る二人にも紅茶を勧める。高原を抜ける風は少し冷たくなってきたのでお湯の温かさがありがたい。1時間ほど3人でお茶を楽しんでからハットに向かう。ここからは下りが多く45分で別荘( Lake Roe Hut )についた。ここは標高が高いためサンドフライがほとんど気にならない。地溏の一つで水浴びをして外のベンチで空間に浸る。

ハットには日本人が居た。ひょろりと長身のKenjiさんは何度かここに足を運んでいるという。そしてここから稜線伝いで一つのピークに立てるという。ビジターブックにもそこからの景色を絶賛するコメントが残っていた。ジョー達は明日どうするのだろう、と聞こうとするとジョーは既に地図でルート取りを考えていた。タマテア・ピーク( Tamatea Peak; 1650m )、東側から回り込めば稜線伝いに行けそうだ。メンフィス山にいけなかったこともあり明日の快晴を願って寝袋に入る。

Day 8

窓から見えるのは白一色、深いガスの中にいる。Kenjiさんは朝早くに出かけたそうだ。彼はピークに上がってから次のハットに向けて移動するかららしい。僕は連泊を決めていた。そんなに時間がかかるとは思えないのでガスが上がるのを待つ。明るくなるがなかなかガスは消えない。するとKenjiさんと同行しているジョン爺が言った「11時にガスは上がる」。後で知ることになるがこのジョン爺は”フィヨルドランドの生き字引”の名を持つ有名人だった。著書も多数、トランピング創世記を築いた人である。いや失礼、現役である。

ジョン爺のいうようにますます明るくなってくる。ひとまずロウ湖( Lake Roe )に上がろうとハットを出発すると、たちまちガスは消えて青空の中に飛び出す。これだけはっきり見渡せればルート選びに困らない。タマテア・ピークの前衛峰に続く稜線に取り付く。取り付いて10分、一つ目のベンチに上がりハットを見下ろす。ベンチとは斜面が部分的に平坦になっているところをさす。地図で現在地を確認しながら第2ベンチ、第3ベンチと高度を上げていく。森林限界を超えているので好展望が続く。足元にはリンドウ( gentian )、エーデルワイス( south island edelweiss )、ホイップコード( whip code hebe)が花を咲かせている。初めて見るキンポウゲ( おそらく hybrid buttercup )の仲間も咲いている。ラン( star orchid )も見つけたがさすがにお花は終わっていた。

13時、漬物石サイズの砕石の斜面を登りきり前衛峰にたつ。一日を使えるので急ぐ必要は無い。なかなか前に進めずカメラ小僧になってしまう。山上湖が幾つもあることがわかる。氷河が削った深い谷間に水が張っている。残雪も現れてきたが太陽に温められてザクザクになっている。ここから痩せた尾根を20分もたどればタマテア・ピークに到着する。久々にピークハントの爽快感にひたる。フィヨルドランドの山々に360度囲まれている。
どのくらいの時間、この景色は変わっていないのだろう?この景色をマオリの先代も見ていたのだろうか、タマテアの名前はマオリ語だろう、この辺の酋長の名前かもしれない。想像は膨らむ。
対極的な対象として森と岩、どちらがいいか、の問いを聞くことが多い。どちらにも陶酔できる自分でありたい。こんなに時間の必要な巨大な作品はアーティスト”地球”しか創れない。

こちらの写真もどうぞ! その1    その2

十分すぎる満足感に浮遊しながらハットに戻ったのは16時、まだまだ明るい。サンドフライを気にしないで草原にいられるのはありがたい。明日は一気に谷を下る。ハウロコ湖湖岸のハットなのでサンドフライの集会場となっているはずだ。この居心地をもう少し味わいたい。
夕食を考える時間になり掃除も兼ねてストーブに火をつける。残念なことにストーブがゴミ箱になってしまっていた。

Day 9

9時、このトラックで一番の早い歩き出しだ。なぜなら今日は二日分を歩く。総じて下り。前半は斜度がきついので慌てないほうがいい。1時間前後で1本、2本と吊り橋を渡る。さらに1時間さくさく降りていくと森が開け、通過点のハット( Halfway Hut )が出てくる。予定通り午前中のうちに来れたので一安心してハットの中でゆっくりランチ休憩を取る。さて、ハットの扉に紙切れが一枚下がっており「明日のボートの出航時間は11:30ではなく11:00だ」と書置きしてくれている。しかし・・・・・昨日の張り紙かどうかわからない、明日っていつから数えて明日さ!

張り紙はそのままでトラックに戻る。1時間でジョン爺に追いつく。そしてあの張り紙が僕らへのメッセージだったことを告げられる。でも張り紙の最後にジョンの名前が無かったことを言うと「あだ名を書いておいた」だって、僕にはわからなかったよぉ!
ところどころ斜度がきつくなり膝が痛む。地図にある吊り橋を渡るとしばし休憩、二日分の行程となるとやはりペースが落ちる。4キロ先の吊り橋を目指して歩き出した。

14時、今日ハウロコ湖からトラックに入ったイスラエル人5人組と出会う。総じてイスラエル人に感じることなのだが、旅行の延長でトランピングに入っている気がしてしまう。つまりバックパッカ―の装備なのだ。1泊、2泊なら構わないが1週間単位の山歩きにその装備は大変だろうに。とはいえイスラエルでは兵役を終え、まとまったお金を手にして海外を見聞するのが流行っているらしい、まぁ楽しんでおくれ。

トラックは川に沿って大きくカーブする。しばらく進んでまたやってしまった、右足が地面に吸い込まれた。注意力がなくなってる。最後に大ゴケしないよう気を張りなおすがすぐ抜けてしまう。パンクしたタイヤのように入れたそばから抜けはじめてしまう。吊り橋がかかっているが水量が少ないときはそのまま行ける。それから40分、いいかげんそろそろだろう、と横切る沢の一つで靴を洗いゴール前の身だしなみを整える。

さ、あとは汚さないでハットまで、と思って歩き出すと正面に人工物( Hauroko burn Hut )があった。その距離1分、ハットから最も近い沢だった。

Day 10

出航は11時なのでのんびりできる。今日のボートに乗る5人全員がハットにいるので乗り遅れることはない、ボート乗り場はハットの目の前にある。のんびりコッヘルを洗いながら窓の外を見るともうボートがいる。慌ててパッキングをしたがヘリコプターへの荷物の積み込みなどがあるので早く来ただけであくまで出発は11時だった。

ボートが岸を離れ今まで歩いてきた谷が遠くなる。あの中をずっと歩いてきた。

ボートから車に乗り換え、国道に出た町クリフデンで落としてもらう。ジョーとジェイクはヒッチハイクでテアナウに戻るので道路に立つ。彼らのヒッチの仕方は一人ずつ、ジョーが道路にいる間、ジェイクと公民館の前で日を浴びる。いい仲間に出会えた。彼らはアスパイアリング国立公園のカスケードサドルに向かうという。

気がつくとジョーはいなくなっていた。ジェイクが道端へ移動する。ほどなく見覚えのある赤い車が近づいてきた。お迎えにきてくれた。なんとドライバーは Sugar 大先輩、それも一人!ご迷惑おかけしました、ありがとうございます。
逆ヒッチハイク。ジェイクを呼び戻すと、車はテアナウへ向けてUターンした。